作品と作者
よくは知らんのじゃが佐村河内氏の件について、オイラの意見を述べる。
作品は作品。
作者は作者。
今回のお話は、商売としての作品に、作者のキャラクタ性を”売り”として付加したおかげで売れたんだけれど、嘘をついてたことがばれたってことでその”売り”にケチがついてしまったってことでしょ。
所詮、商業作品としては、世間体があるから、作品が良ければ作者も善人として扱いたい。けど作者の善人性が否定されてしまい、その”悪人の”作者の製品を売り出すと企業として非難されてしまうと。
んで、オイラにとって、”作者”はオイラの好みの傾向を示す指標でしかないかなと。
音楽にしろ、小説にしろ、漫画にしろ、オイラのツボにはまる好きなものに対して、その作品の作者は、単にツボにはまる傾向を持つ作品についての識別子でしかなく、作者を好きになるのは好きな作品を作るという一点でしかない。
「鼻くそほじりながら作りました」でも「人のものをパクりました」でもオイラが好きならOKじゃんよ。
ということで、今回のような作者を偽るということは、オイラにとっては”識別子”が変わることでしかない。
ただ、今回のように”作者”の不始末によってオイラが被る被害は、新たなツボな作品が作られなくなることの一点に限る。
作者もいい人ならそういう周辺作品も豊富に出てきて楽しませてくれるってメリットもあるけど、そういうことでしかないかなと。
今回の顛末は、作品としてツボではないのでどうでもいいかな。
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